位相空間がtopos(トポス)に取って代わられる!?[前編]

数学をガッツリやっている方であれば、topos(トポス)という単語を一度は聞いたことあるのではないでしょうか。そして「何やら高度なものである…」という印象をもち、「今後の人生、足を踏み入れることはないだろう…」と見切りがついている人が多いのではないかと思います。

しかし、このtoposについては以下のような強い主張がまかり通っています:

  • 空間とはtoposである
  • 位相空間は今後toposに代わられるだろう

どう受け取るかはともあれ、この主張が多くの人の心を揺さぶるのは間違いないと思います。そこで今回は、これらがどんな文脈上で、どのような意味で述べられるのか、ひとつの切り口からざっくり説明します。

toposにたどり着く道筋

幾何学の流れを追って、どのようにtoposが登場するのか一緒に見ていきましょう。

まず我々にとって”基礎的な空間”といったら、とりあえず位相空間が想定されます。実際、実多様体や代数多様体などの幾何で扱う主な対象は、ほとんど「位相空間+付加構造」と定義されています。

そしてその位相空間、もしくは「位相空間+付加構造」の”不変量”を探索していくのが幾何学だということもできると思います。”不変量”というのは、同一の空間に対して、必ず一通りに定まっている量のことであり、位相空間であれば、”連結成分の数”がわかりやすい例です。圏論的に正確にいうなら、位相空間の不変量とはTopからの関手のことです。

Cohomology (コホモロジー)

そしてその不変量の中でも重要なものとして”cohomology(コホモロジー)”と呼ばれるものがいくつかあります。位相空間に対しては、特異コホモロジーというものが定められていて、その中に先程の”連結成分の数”という情報が含まれているし、さらに”穴の数”などもそこからわかります。

また実多様体に対してはde Rham cohomologyというものが定められていたり、他にも「◯◯コホモロジー」というのはたくさんあり、どれもその空間の重要な情報を握っていることが観察されています。

Sheaf (層)

今個別に様々な”cohomology”があるということを言いましたが、これらを統一的に扱うことができます。つまり一般的にcohomologyというものを何らかの設定上で定義して、特異コホモロジーやde Rham cohomologyはその特殊な例に過ぎないという位置づけに持っていくことができるというわけです。そこで重要になるのがsheaf(層)です。

sheafは位相空間に対して定まるもので、そのもととなる位相空間の”測り方”と思えます。そしてそのsheafの世界の中でも代数を展開することができ、Abel群のsheaf (sheafの圏のabel group object)や環のsheaf (sheafの圏のcomm ring object)などが考えられます。

そして先程言った”一般的なcohomology”ですが、それは位相空間とそれ上のAbel群のsheafの組に対して定まり、sheaf cohomologyと呼ばれます。つまり基礎となる空間、位相空間とその”測り方”をひとつ指定することで、その”測り方”に応じたcohomologyが得られるのです。そして特異コホモロジーやde Rham cohomologyは、実際にその具体例になっています。つまり特異コホモロジーとは、とあるsheafのsheaf cohomologyと一致しているのです。

topos登場!?

そしてこの状況において一旦toposを登場させることができます。今、位相空間に対してsheafというものが定まり、そのsheafをひとつ指定することでsheaf cohomologyが得られるという構図であり、そしてそのcohomologyに幾何学の重要な情報の多くが眠っているのでした。

位相空間 \(X\) を取ります。そしてそこから定まるtoposというのを定義してしまいます (一旦の定義なので後編でより一般になります)。toposとは「 \(X\) 上のsheaf全体からなる圏」として定義します。つまり \(X\) の”測り方”全体をtoposと名付けるのです。これに注目する理由は、まさにcohomologyが大事すぎることにあります。その大事なcohomologyというのがsheafに対して定まるなら、位相空間そのもの自体よりも、その”測り方”全体に注目しようじゃないか!というわけなのです。

しかし、ここで腑に落ちないことがあると思います。それはこれも位相空間に対して定まっているではないかということです。それでは最初に掲げたデカい主張の意味が何も感じられなくなってしまいます。

実は、この「位相空間そのものではなく、その”測り方”全体に注目する」という姿勢を貫くべく「”測り方”自体を公理化する」ということをすれば、最初に設定していた位相空間無しで”topos”を定義することができます。

ではそれは後編で…….